前の会社を辞めて数週間。
貯金を切り崩しだらだらと過ごしていた俺の元に一本の電話が入った。
それは「いい年した大人の男が、いつまでそんな生活をしているの!」
という、ふがいない息子を嘆いた母親からの、泣き&お叱りの電話だった。
母親の怒りはもっともだと思う。
しかし昔一流メーカーで激務を勤め、仕事と人間関係に疲れを感じていた俺は
前と同じような環境に戻りたいとは思えないでいた。
「今は少し楽な仕事をしたいなぁ」
そんな事をぼんやりと考えていた時。
何気なくたぐり寄せた広告チラシの中に混じっていた
『受付急募! 簡単な作業です。浅井クリーニング店』
という、いかにも金のかかっていなさそうなコピー用紙の広告を発見した。
「……クリーニング屋か。 こういうところなら漫画でも読みながらののんびり仕事が出来そうだな」
そう思った俺は早速電話をかけ、うっすらと埃が積もったジャケットをひっかけ部屋を出た。
「……この辺りだと思うんだけれど……」
チラシに表記されていたの地図を頼りに隣町の路地を歩く主人公。
駅から十数分歩いた所にあった、小綺麗で洒落た家に囲まれた、
今にも崩れ落ちそうなほど古い小さな木造店舗付き住宅に掲げられた
『浅井クリーニング店』という看板を発見する。
「いやな感じだな……なんだか、この家にも負けず劣らず古い婆さんが出てきそうだ……」
俺は、自分の行き当たりばったりな行動に多少後悔しつつも、
とりあえず顔見せだけでもと思い、勇気を出して引き戸に手をかけた。
「いらっしゃいませ。……あら? もしかして、面接の方?」
ボロ屋で俺を待っていたのは、昔話に出てきそうなしなびた婆さんではなく
清潔で綺麗な顔立ちをした女性だった。
その女性は『浅井さやか』と名乗り、女手一つでこのボロクリーニング屋を営んでいるという。
「その……駅前に大手クリーニング屋さんが出来てしまって、お客さんがそちらに流れてしまったの。だから、私が営業にまわっている間の受付や事務処理をお願いしたいの。待遇は……その……、そういう事情からあまり良い金額は払えないの」
浅井さんはとても言いづらそうに『交通費支給無し・時給750円』と打ち明けた。
思った以上の待遇の悪さと、外見からして「潰れるのも目前だ」と営業で鍛えた判断力でそう察した俺は、美しい女性の姿に後ろ髪引かれる思いを感じつつもこの話は断らせてもらおうと考えていた。
と、そんな事を考えていた、その時。
「バタンッ!」
浅井さんはいきなり俺の目の前で倒れてしまった。
カウンターの奥から続いている住居の方に声をかけるが、返答は無し。
俺は仕方なく浅井さんを抱きかかえ、奥の部屋に浅井さんを寝かせ介抱する。
介抱の甲斐あって(?)意識を回復した浅井さんから話を聞くかぎり、
どうやら倒れたのは重度の過労によるもののようだ。
彼女にはなにかしらの事情があって、一人でこの店を切り盛りしているらしい。
そして、どうにかこのボロ洗濯屋を潰さずに残しておきたいと言う。
「……さすがにこれは見捨ててはおけないよな」
俺は悩んだ末、次の就職が決まるまで、この『浅井クリーニング』でバイトをし、
短い期間だがこのか弱い女主人を支える決心を固めた。 |